「梅沢さん、あなたの公演で一番多い忘れ物は何だと思います?」公演の仕事をしてくれている人に急に聞かれて驚いた。財布?いやいや、いくら僕のお客様が年配の方が多いと言ってもそれはさすがにないだろう。列車などでは傘が多いと聞くけれど、僕は優秀な晴れ男なので公演日に雨が降ることは稀だ。じゃぁスマホ?ハンカチ?彼は首を振ってなぜか得意げに言った。
「杖なんですよ」
彼曰く杖をついてきたお年寄りが沢山笑って綺麗なショーを見てすっかり元気になって、すたすた歩いて帰るんだそうだ。
そういえば、青森の漁村の小さな劇場に旅のロケで行ったときも、旦那さんを亡くしてからひきこもっていたおばあさんが「梅沢さんの女形を見たい」と言ってお家から出てきてくれたと、娘さんが泣きながら教えてくれた。何の医学的根拠もないけれど、僕だけでなくエンターテインメントを生業にする人たちはこうしてお客様が浮世を忘れて泣いたり笑ったりすることで、少し医療のお手伝いができているんじゃないかなと思ったりする。
逆に僕の母は白血病で余命半年と言われたけれど、舞台に立ちながらその後10年元気だった。その実一番元気をもらっているのは役者の方なのかもしれない。
梅沢 富美男
1950年生まれ、福島県出身。「梅沢富美男劇団」座長。二枚目から三枚目、女形姿の舞踊まで幅広い役柄をこなす。テレビや映画でも活躍。10月2日~ 26日まで、「梅沢富美男 研ナオコ特別公演」を明治座で開催する。
※東北大学病院広報誌「hesso」45号(2024年8月30日発行)より転載